佐伯紅緒 公式サイト Salon de ROUGE

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海。

Feb 18, 2014

CATEGORY : 勉強

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昨日はあることがあっていっぱい泣いて

今朝もそれをひきずって泣いたりしていたんですが

涙は笑うための近道ですよ、とか

涙はひとを創るいちばん小さな海ですよ、なんて

夜中に励ましてくれるひとがいたりして大変楽になりました

自分を守るものというのは結局自分自身なんだけど

それでもねえ という感じ

まあフヘン的な問題なんでしょうが

人生は色つきの回転木馬

同じ景色が繰り返し上がったり下がったり

と歌ったのはジョニ・ミッチェルだったっけ

ただ 似たような景色が繰り返されても

見る自分は刻々変わっているから

注意深くやりかたを変えれば 前のような失敗はせずに済むはず

そうでないとなんかこう

成長がないですしね

とりもあえず今日は快晴

今日も地道に仕事します

しかし これ恥ずかしいね ポエムだー 今後の戒めのために消さずにおきます

〔佐伯紅緒公式ブログ 2014年2月18日〕

よーかんちゃん

Jan 27, 2014

CATEGORY : 勉強

まったく予備意識のない状態で連れていかれた、鶯谷のスナック「よーかんちゃん」。

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勘三郎さん行きつけのお店だそうですが、テレビみないので知りませんでした。

この、果てしなくドンキな内装。 この、方位磁石がグルグル回りそうな感じ。

極めつけは名物マスター、よーかんちゃんの歌。 すごい。

Youtubeでいっぱい上がってるので、ご興味のある方は是非ご覧ください。

さすが、あのたけしさんをして「敵わない」と言わしめただけのことはあります。

また行きます。

〔佐伯紅緒公式ブログ 2014年1月27日〕

近況。

Aug 04, 2013

CATEGORY : 勉強

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わー。 気がついたらもう八月。

お誕生月だというのに、日々地道に仕事してます。

先月は自分の小説の他にもいろんな仕事が入り(ありがたいことです)、お金をいただくのは純粋に嬉しいと同時に、受注仕事というのは自分じゃ絶対書いたり調べたりしないようなことに触れる絶好の機会だったりする。

それは身体にたとえると、ふだん使ってない筋肉をいやおうなしにぎりぎりと鍛えざるを得ず、ふと気がつくと背中の贅肉がビックリするほど落ちてた、みたいな感じ。

ただ仕事三昧がこうじると、家の半径100メートル以内ですべて事が足りてしまうので、それはそれでちょっとばかし心配になってくる。

なんたってジムは家の前にあるし、仕事場は近所のカフェをレンジャーしてるし(Macユーザじゃない人はノマドとか言ってはいけないらしい)、仕事に疲れたら家に帰って猫モフ、家の周りが外食産業激戦区なので、お家ご飯ができないときは家を出て数十メートルも歩けば大抵のものが食べられる。

それで散歩がてらぐるぐる歩いて帰り、テレビでふと夏の風物詩「零戦特集」なんか観てしまうと、それはもう本当にごめんなさいごめんなさいという気分になってくる。

いつの頃からか、生活パターンを「人と会う時期」と「ひきこもる時期」に分けるようになって、それでいくとここ二月ばかりは「ひきこもる時期」なんだけど、お誕生月だし仕事あるけど、八月中はやっぱり人と会おうかなー、なんて昨日あたりから思い始めています。

写真はこないだ新宿で担当さんと打ち合わせをした帰り、時間あったので新大久保の韓流エリアを探索した時に飲んだアイスコーヒー。

韓国の人たちってどうしてあんなに元気ハツラツなんだろう。 前に読んだ西原理恵子先生の漫画で、韓国人女性は「少女時代」がいきなりパーマのおばちゃんになるの、「途中」がないの、というようなことが書いてあったんだけどあれほんとうだろうか。 

確かに、新大久保のコスメショップに入ると、店員さん、おばちゃんだろうが少女時代だろうが、いきなり私の手をとって何かヌリヌリしてくれる(これがまた効きそうなカタツムリとか金粉とかで)。 

日本じゃこんなこと考えられない。 そういえば数年前、仕事で行った韓国で迎えに来てくれた向こうの偉い人の奥さんが、二日目にいきなり腕を組んできたので飛び上がるほど驚いた。 どうやら私を気に入ってくれたらしいんだけど、黄海ひとつ隔てただけで文化ってこんなに変わるのかと。 よく観察したら親子で手をつないで歩いてるとかフツーなんだよね。

にしても、こないだはあちこちお店まわったおかげで、「BIGBANG」と「超新星」が同じ人達ではない、とわかってよかったです。

〔佐伯紅緒公式ブログ 2013年8月4日〕

母校

Mar 06, 2013

CATEGORY : 勉強

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学校をさぼってばかりだったせいか、未だに登校できなくてぐずぐずしている夢を見る。

それは大抵中学校か高校の夢なんだけど、

昨夜は珍しく母校の大学が出てきて、

でもやっぱり単位が足りなくて留年スレスレという夢を見た。

夢の中で、いつまでも逃げ回っていてもしょうがないな、と腹を決め、

思い切って学生課に行ったら、やっぱり各科目の「再試」の欄に私の名前が載っていて、

ああやっぱり留年か、としおしおその場を立ち去ろうとしたら、

ふと一枚のハガキがボードにピンで留めてあるのが目に入り、

ヤッコダコの写真が入った和風のその絵葉書の隅っこに、

教授から私宛てに「たまには教授室へ顔を出しなさい」と達筆で書いてあった。

この教授は実際にも不真面目な私を見捨てないでいてくれて、

薄氷を踏むような単位ぎりぎりの私をちゃんと卒業させてくれた。

(実際には留年させてまで私を見るのがいやだっただけかも知れないけど)

あの頃の私はロンドンで暮らしたい一心でバイト生活にあけくれていて、

卒業間際も上野の中国料理店でウエイトレスのバイトをしていた。

だからそこに教授が息子さんを連れて食べにきたときは驚いた。

国の最高学府を出て、親子ともに教職についている人々にとって、

上野の地下で中国服を着た教え子に接客されるという体験がどんなふうだったかは知らないが、

これからハワイの学会に出席する息子を見送りに行くところだ、とアカデミックなことをおっしゃった先生は、

一杯1300円もする五目そばを平らげて帰っていった。

そのとき確か先生に、

「キミはまあ、どこに行ってもきっと生きていけるよね」と言われたのを覚えている。

だから後年、母校で講演をするという身に余るお仕事をいただいたとき、

まさかキミがねえ、と呆れる先生の顔を期待していたんだけど、

その時すでに先生は鬼籍の人で、とうとうその驚く顔をみることはできなかった。

国岡先生、お元気ですか。

私、なんとか生きております。

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