これまでの人生でただ一度だけ、男のためにドンペリを開けたことがある。
ただし、相手は人間ではなく、猫だった。
一目ぼれしてしまった猫の誕生日に、花と千疋屋のメロンとドンぺリを贈ったのである。
人間、どんなことに我を失うのか、想像もつかない。
その猫がいたカフェのオーナー、ユミさんが監修した写真集の展覧会に行ってきた。
世は空前の猫ブーム。
猫かわいい、猫に癒されたい、といった風潮がすごい中、ユミさんが目指した道は他とちょっと違っていた。
人を癒すためではない、「世界一美しい猫」づくりである。
ユミさんは「ラパーマ」という猫種のブリーダーをやっている。
「ラパーマ」というのは毛のクルクルした、日本ではまだ珍しい希少種だ。
ユミさんとの付き合いは、もうかれこれ8年ほどになる。
きっかけは、友人から来た一通のメールだった。
引っ越しした先の駅前に猫カフェがあるから行かないかという。
翌週、私は友人とそこへ行き、以来、ひとりで足しげく通うようになった。
そこにいた一匹の雄猫に一目ぼれしてしまったからである。
人間、どこで我を失うのか、本当にわからない。
ちなみにこれがその猫「カブト」です。
ユミさんについて語ると長くなるが、ひとことでいうと、
「人生ゲームでいうところの「止まってはいけないマス」にことごとく止まってきた人」
である。
それでも降りかかる幾多の困難を乗り越え、女手ひとつで双子の娘を育て上げ、両親を見送り、現在は西小山駅前に猫カフェ「カールアップカフェ」を経営している。
そんなユミさんが「ラパーマ」のブリーダーを始めた頃、一緒に熱川温泉まで猫を探しにいったことがあった。
私がたまたま数日前に熱川駅前で見かけた、捨て猫を保護しに行く旅である。
私が口頭で、
「熱川駅前に長毛種で尻尾まっすぐの三毛猫がいた」
と言っただけで、ユミさんは即答した。
「その猫こそ、私がニュージーランドから輸入したラパーマの嫁にふさわしい」
直感の人なのである。ちなみにユミさん、プロ顔負けの雀士だ。
翌日、さっそく車を出してもらい、熱川まで探しに行った。
片道、4時間。昼前に熱川駅に着いたが、そううまいこと見つかるものではない。
日没まで張り込むこと、6時間。
正直、無理かもしれない、と思った。
ところが、宿の予約までした直後、ようやく猫は現れた。
毛もあちこち固まり、どろどろに汚れていたが、紛れもないあの猫だった。
いっせーの、で保護して東京へ戻り、その足で病院へ運んだ。
とても野良とは思えない、フサフサの健康な三毛猫だった。
熱川バナナワニ園の近くで保護したので「ばなな」と命名した。
その「ばなな」がめでたく嫁入りしてできたのが、現在、世界チャンピオンとなったユミさんのキャテリー、「トリプルティアラ」のラパーマである。
猫も、どこで何がどう転ぶのか、本当にわからない。
そうして「ばなな」を熱川駅で保護して7年。
こういうのを満を持して、というのだろう。
ついにこんな写真集まで出版された。
ユミさん、本当におめでとう。
五十川満さんの写真展『世界一美しい猫たち』は現在六本木ミッドタウンで開催中です。