学校をさぼってばかりだったせいか、未だに登校できなくてぐずぐずしている夢を見る。
それは大抵中学校か高校の夢なんだけど、
昨夜は珍しく母校の大学が出てきて、
でもやっぱり単位が足りなくて留年スレスレという夢を見た。
夢の中で、いつまでも逃げ回っていてもしょうがないな、と腹を決め、
思い切って学生課に行ったら、やっぱり各科目の「再試」の欄に私の名前が載っていて、
ああやっぱり留年か、としおしおその場を立ち去ろうとしたら、
ふと一枚のハガキがボードにピンで留めてあるのが目に入り、
ヤッコダコの写真が入った和風のその絵葉書の隅っこに、
教授から私宛てに「たまには教授室へ顔を出しなさい」と達筆で書いてあった。
この教授は実際にも不真面目な私を見捨てないでいてくれて、
薄氷を踏むような単位ぎりぎりの私をちゃんと卒業させてくれた。
(実際には留年させてまで私を見るのがいやだっただけかも知れないけど)
あの頃の私はロンドンで暮らしたい一心でバイト生活にあけくれていて、
卒業間際も上野の中国料理店でウエイトレスのバイトをしていた。
だからそこに教授が息子さんを連れて食べにきたときは驚いた。
国の最高学府を出て、親子ともに教職についている人々にとって、
上野の地下で中国服を着た教え子に接客されるという体験がどんなふうだったかは知らないが、
これからハワイの学会に出席する息子を見送りに行くところだ、とアカデミックなことをおっしゃった先生は、
一杯1300円もする五目そばを平らげて帰っていった。
そのとき確か先生に、
「キミはまあ、どこに行ってもきっと生きていけるよね」と言われたのを覚えている。
だから後年、母校で講演をするという身に余るお仕事をいただいたとき、
まさかキミがねえ、と呆れる先生の顔を期待していたんだけど、
その時すでに先生は鬼籍の人で、とうとうその驚く顔をみることはできなかった。
国岡先生、お元気ですか。
私、なんとか生きております。