山田洋次監督『男はつらいよ』シリーズは、当初全50本で完結する予定だったという。
それが、渥美清さんが病に倒れ、48作目の『寅次郎 紅の花』(95年)が実質的な遺作となった。
その最後の寅さんの舞台が、ここ加計呂麻島なんである。
浅丘ルリ子さん演じる寅さんの恋人・旅芸人のリリーさんの生まれ故郷がここという設定だ。
だから「紅の花」というのはたぶん、このデイゴの花のことだろう。
初めて加計呂麻島へ行き、「寅さん」の最後のロケ地がここと知った時は本当にうれしかった。
私の中の柴又DNAが反応したのかなあ、と思った。
実際のところはわからないが、山田監督もまた、この島が柴又に似ている、とどこかで感じたのかも知れない。
柴又にはここのようにきれいな海も自然ゆたかな山もないけれど、なんというか、流れている空気感がどことなく似ているのだ。
どういう空気感かというと、一見ほんわかしているくせに、妙にありがたい、みたいな。
まるで島全体が「ご神域」みたいな不思議な島なのである。
島にまつわる「かみさま」の話は長くなるからおいといて、『寅次郎 紅の花』は、寅さんがリリーさんと一緒に島に行くところで終わっている。
送っていくよ、という寅さんに、あらどこまで? とリリーさんが聞くと、「ばかやろう、男が女を送るって時は家の前までに決まってるじゃねえか」と寅さんは言う。
「リリーさんの家」(今も残っている)には数えきれないくらい行ってるから知ってるけど、ここに行くにはまず羽田から奄美大島まで飛行機で2時間、そこから車かバスで2時間ほどかけて山を越え島の南端に行き、古仁屋の港から一日数本しかないフェリーで島に渡らねばならない。
だから、この「家の前まで」という寅さんの台詞は実質的な愛の告白なのだ。
だからなのかも知れない、と思う。 寅さんは今、本当はここにいるんじゃないかというような気がして、私はそれ以来、故郷の柴又に帰るようにこの島へ行き来している。
柴又には親戚がいるから今もたまに顔を出すが、昔の柴又と今の柴又はやっぱりどこか違っている。
私が大人になってしまったせいもあるが、今の柴又は私にとって、かつてそうであったような「絶対的な避難所」ではない。
人はだれでも「ここに来れば大丈夫」という避難所をどこかに持っているものだけど、私は失われた「自分にとっての昔の柴又」に代わり、いつの間にかこの島を「避難所」と定めてしまったのかも知れない。
だから、この島が外国資本に買われ、このままだとハゲ山になってしまうと聞かされた時は本当におどろいた。
続きます。